オイ起きろ。着いたぞ。降りろ。
あ?うわ寒ー。何時?5時?どこだよここ。
国境を越えてやってきたバスターミナルは街はずれ。
予想外です。
14カ国目、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ。
なんか言いたくなるよね、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ。
ほら言いたいでしょ、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ。

のサラエヴォという街に来ました。
1984年、僕が生まれる少し前。
この年は冬季オリンピックイヤー。
その開催地がここサラエヴォなんです。
共産圏による初のオリンピック開催地。
きっと当時、街はオリンピック一色に染まり、世界各国から
この地に人が訪れ、賑わったことだと思います。


それから8年後、街は戦場と化した。
1992年、旧ユーゴスラビアの内戦、ボスニア紛争。
ユーゴスラビアの独立戦争の中で最も悲惨な戦いになったらしく、
ムスリム人、セルビア人、クロアチア人の3大勢力によるこの内戦は、
死者推定20万人と250万人の難民・避難民を出したと言われている。
街には今でも至るところに銃弾の痕が残っていた。
何気なくビルの壁に目をやると、当時の銃撃戦の凄まじさを
感じることができる。


真新しいお墓がビッシリと並んでいた。
生まれた年はみんなバラバラなのに、
亡くなった年はみんな同じ。真っ白のお墓。


それがたかだか10数年前の話。
戦争のことを考えることは今まで何度でもあった。
それは日本が関わってた戦争のこと。
だけど僕にしてみれば昔のことだって考えがどこかにあって、
正直ピンときていない部分があった。
別に古いから新しいからって言うわけじゃない。
ここに残る争いの爪あとは、リアルで、生々しくて、
初めてこういう現場を目にして、僕にとって衝撃的だった。
今この街に生きるほとんどの人が知っている過去。
家族や友人がついこの間死んだかもしれない過去。
争いが起こっていた真裏で、僕が生活していた過去。
人々はこの過去をどのように受け止めているんだろう。
まだまだ知識が足りなくて、知りたいことがたくさんあって、
考えなくちゃいけなくて、でも何も知ることができなくて。
どうかどうか安らかに眠ってください。

サラエヴォにはもうひとつ有名な歴史がある。
第一次世界大戦の大元になったオーストリア皇太子殺害事件。

ここでフランツ・フェルディナンドは殺されて、周囲は騒然として、
国と国が争うきっかけになって、それに日本も加わって。

写真撮らせてくれた土産屋のじいちゃん。


笑顔がとてもすてきだった。
あ?うわ寒ー。何時?5時?どこだよここ。
国境を越えてやってきたバスターミナルは街はずれ。
予想外です。
14カ国目、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ。
なんか言いたくなるよね、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ。
ほら言いたいでしょ、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ。

のサラエヴォという街に来ました。
1984年、僕が生まれる少し前。
この年は冬季オリンピックイヤー。
その開催地がここサラエヴォなんです。
共産圏による初のオリンピック開催地。
きっと当時、街はオリンピック一色に染まり、世界各国から
この地に人が訪れ、賑わったことだと思います。


それから8年後、街は戦場と化した。
1992年、旧ユーゴスラビアの内戦、ボスニア紛争。
ユーゴスラビアの独立戦争の中で最も悲惨な戦いになったらしく、
ムスリム人、セルビア人、クロアチア人の3大勢力によるこの内戦は、
死者推定20万人と250万人の難民・避難民を出したと言われている。
街には今でも至るところに銃弾の痕が残っていた。
何気なくビルの壁に目をやると、当時の銃撃戦の凄まじさを
感じることができる。


真新しいお墓がビッシリと並んでいた。
生まれた年はみんなバラバラなのに、
亡くなった年はみんな同じ。真っ白のお墓。


それがたかだか10数年前の話。
戦争のことを考えることは今まで何度でもあった。
それは日本が関わってた戦争のこと。
だけど僕にしてみれば昔のことだって考えがどこかにあって、
正直ピンときていない部分があった。
別に古いから新しいからって言うわけじゃない。
ここに残る争いの爪あとは、リアルで、生々しくて、
初めてこういう現場を目にして、僕にとって衝撃的だった。
今この街に生きるほとんどの人が知っている過去。
家族や友人がついこの間死んだかもしれない過去。
争いが起こっていた真裏で、僕が生活していた過去。
人々はこの過去をどのように受け止めているんだろう。
まだまだ知識が足りなくて、知りたいことがたくさんあって、
考えなくちゃいけなくて、でも何も知ることができなくて。
どうかどうか安らかに眠ってください。

サラエヴォにはもうひとつ有名な歴史がある。
第一次世界大戦の大元になったオーストリア皇太子殺害事件。

ここでフランツ・フェルディナンドは殺されて、周囲は騒然として、
国と国が争うきっかけになって、それに日本も加わって。

写真撮らせてくれた土産屋のじいちゃん。


笑顔がとてもすてきだった。



